怪文書とされる「原発がどんなものか知ってほしい」について

「原発がどんなものか知ってほしい」という平井憲夫という人が書いたとされる文書があります。
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html
かなり昔からネットで出廻っている反原発の怪文書とされるものです。
検索すればずらーっとでてきます。
なぜこれが怪文書なのかは検索していくうちにわかってきますが、こんなまとめがあります。
http://www.faireal.net/articles/6/12/#d20903
この文章の内容が素人同然、まともな技術者の書くものではないと批判されてきたりしました。
技術的な内容については私も素人以前の人間ですので他を読んでいただくしかないのですが、この「怪文書」がどのように生まれたのかに興味がわきました。
平井憲夫という人の存在自体疑われたこともあるようですが1997年に亡くなった実在の人物です。
講演動画もあります。
1-10 内部告発-原発- 平井憲夫氏の遺言
http://www.youtube.com/watch?v=0x1AQ5HRu0o
しかしながら、「原発がどんなものか知ってほしい」は平井憲夫氏が書いたものではありません
http://www.creative.co.jp/top/main3347.html によると
「PKO法『雑則』を広める会」の佐藤弓子氏が平井氏から聞いた話と講演記録を参考に1995年5月に会誌「アヒンサー・地震と原発」に掲載したものとなっています。
ネットニュースサイトjanjanに書いてあったようですが、janjanは終わってしまったので過去のアーカイブを拾ってみました。これは2005年のものです。
http://web.archive.org/web/20050105071918/http://www.janjan.jp/living/0501/0412292126/1.php
うーん、http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html と違い、「原発がどんなものか知ってほしい」の全文は載ってません。
とにかく、この「PKO法『雑則』を広める会」の佐藤弓子氏の文章がネットで流されていったわけです。
そしていつもの伝言ゲームのネットで転載、引用されていくうちに、佐藤弓子という名前が消え、平井憲夫という名前だけが残ったわけです。
平井憲夫氏への技術者としての疑問どうこうもあるのでしょうが、佐藤弓子氏が技術的な内容をわかってないのですから怪文書になるのも無理はありません。
で、上記のURL先を読むと明らかな矛盾があるんですよね。
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html では
去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて」
去年(一九九五年)の十二月八日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅで」
という文章があります。
というわけで1996年に話されたはずなんですけど、会誌は阪神大震災が起きて急遽1995年5月に発行されているんです。
タイムマシン使って取材したのでしょうか?
http://www.creative.co.jp/top/main3347.html (janjan記事でもある)では
「1995年1月17日に阪神・淡路大震災がが起きて」
という文章になっています。
どっちが先に書かれた文章なんでしょうね?
つじつまが合うのは後者なんですが。
いくらなんでも阪神大震災が起きた年の取材で「去年に」なんて表現使うとは思えないのですが。会誌出したのが5月でしょ?震災起きたのは1月ですよ?
会誌を取り寄せるしかないでしょう。
しかし、この「原発がどんなものか知ってほしい」についてネットで調べてもこの去年(一九九五年)について言及してるところが見つかりませんでした。
何故?
もしかして、突っ込んじゃいけないところ?

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